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SuiJoh 浅野祐介さん

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   カンボジア発のファッションブランド!
SuiJoh代表 浅野 祐介さん  

「何者かになりたい」
いつか死ぬ時に自分の人生を駆け抜けたと言いたい、
そんな強い想いから、カンボジアでアパレルブランドを立ち上げた浅野佑介さん。
その経緯やカンボジアに対する想いとは。

SuiJohとは?

SuiJoh とは代表である浅野祐介さんによって2012年に立ち上げられたカンボジア発のファッションブランドです。
カンボジアの首都であるプノンペンを拠点にしており、販売している商品は1着1着、1点1点テイラーの手で作られています。

SuiJohの名に込められた想いや由来は何ですか?

SuiJohという名前は漢字でいう「水上」に由来しています。
7割以上が水で包まれているこの地球で、海を渡れば世界中の人々と出会うことができます。今では技術の発達が進み、飛行機と同じような感覚でインターネット上では様々な人と関わることができますが、そのせいで心のゆとりを失いつつある気がします。私がもつ東南アジアのスローライフのイメージから、まるで船旅のようなゆったりとした時間軸で日常の小さなわくわくをカンボジアから世界中に届けたい!そういう想いが込められています。

他にはないブランドの大きな特徴は何ですか?

ブランドのコンセプトとして、伝統と現代ファッションの融合を大切にしています。 クロマーというカンボジアの伝統的な手ぬぐいを使っているのが特徴です。元々は日常に馴染みすぎていてお洒落アイテムとしての認識はされていなかったと思います。それを商品を通して新しい見せ方をすることで、伝統を持ち歩くという感覚で使って頂きたいと思っています。クロマーはギンガムチェックが一般的ですが、あえて虹色のストライプにしてみたりと、現地の方も興味を持ってくれるようなデザイン性も意識しています。

アパレルブランド立ち上げの経緯

初めてカンボジアを訪れたのはいつですか?

元々親が自営業をしていたので、家業を継ぐつもりで生きてきました。ですが、1999年のアメリカ同時多発テロなどの影響もあり倒産してしまい、自分の今までの人生はなんだったのか、今の自分に残っているものは何もないのではないかと思うようになりました。そこから自分の知らない新しい世界を見てみたいと思い、20歳の時に東南アジアバックパッカーとして旅行に出たのがきっかけでカンボジアを訪れたのがスタート地点です。カンボジアでは特に、貧困=不幸ではないということを身にしみて感じさせられ、まるでカウンターパンチを受けたかのような衝撃を与えられました。

カンボジアで仕事を始めたきっかけは何ですか?

大学卒業後はオーストラリアでワーキングホリデーを経験し、帰国後は日本でサラリーマンとして働いていましたが、26歳の時に脳内出血で倒れ、生死を彷徨うという経験をしました。これがきっかけで人間は簡単に死んでしまうんだなと実感し、自分の人生を駆け抜けたと言えるようになりたいと思いました。
あの国に行けば自分は何者かになれるかもしれない、いや、自分だけの人生を創ろう、強い覚悟を持ちカンボジアで生きていくことを決意しました。「日本にいても自分より優秀な人はいくらでもいるし、ここにいても何もできない。他の人がやらないようなことをしないと生きてきた意味は残せない。 」そう感じた時にふと頭に浮かんだのが学生時代に訪れたカンボジアでした。あの国に行けば自分は何者かになれる、そう信じてカンボジアで生きていくことを決意しました。

なぜ、アパレルという分野を選んだのでしょうか?

当時はカンボジアの大学院に通いながら自分に何ができるのかを模索していました。元々服に興味があり、日本では1枚2万円ほどするシャツを買ったりしていました。そのシャツをカンボジアで着た時に空気の汚さ、暑さによる大量の汗もあり、半年も経たないうちに襟は黄ばみ落ちない汚れにショックを受けクラスメイトに相談すると、カンボジアにはテイラーが沢山あるから作ってみるといいと勧められました。そして友人のお勧めのテーラーで仕立ててみると今までのシャツを凌駕する満足度。それに味をしめ、家の近くのテーラーで仕立ててみたところ、着たいとは思えない代物が出来てきたり。当時のプノンペンにはどのストリートにもテーラーがありましたが、脚光を浴びない理由を知ったような気がしました。そんな時、ある工場で出会ったパタンナーの方が型紙の作り方を教えてくれて習い始めたのが全ての始まりです。

浅野さんが経験した1番の苦労

ブランドの立ち上げで1番苦労したことは何ですか?

1番は文化の違いですね。言葉上でいうのは簡単ですが、真の意味を知るのは長い道のりでしたし、今もその道の途中だと思います。例えば、日本ではバスや電車が時間通りに来たり授業が時間通りに始まるということは当たり前ですが、それは世界では当たり前ではないこともあるんですよね。立ち上げ当初、提携工房で田舎からのテーラーさんと仕事をし、一緒にご飯を食べたりしながら距離を縮めていきました。クメール正月でのパーティーでは日本にもお店ができたら私達を連れて行って欲しい!と言ってくれていました。ですが、田舎から帰ってくることはなく突然音信不通になったんです。そして、その3ヶ月後に何事もなかったかのようにそのうちの1人から連絡が入り、そこで文化の違いというものを痛感しました。農村部では教師が授業にこないことが昔はよく起こっていたと聞きますし、今でもまだそのような出来事はあると聞きます。
この考えのもと、良い物を作って提供するということを1番大切にしてやっています。今は僕よりもスタッフのようが検品に厳しくなり、僕が注意されるくらいです(笑) 育った環境の違いで生まれた認識なのだと知り、関わっていく1人1人の背景を理解するという想像力の大切さに気づかされました。

物作りをする上で大切にしている軸

仕事をする時に大切にされている軸はありますか?

SuiJohはMake Your Day Happy「あなたと日常に彩りを」というスローガンを掲げています。なので、作った商品がちゃんとこのスローガンに沿っているのかということに焦点を置いています。例えば、気づくか気づかないかわからないくらいのシャツのほつれがあったとしたら、それを商品として売ることもできますが、もし買ってくれた方がそれに気づいてしまったらそれはもうハッピーではなくなってしまうんです。この考えのもと、良い物を作って提供するということを1番大切にしてやっています。

現状と今後の展望

新型コロナウイルスの影響はどれほどありますか?

コロナの影響でシェムリアップの店舗は閉めることになりました。
念願の立地での新店舗オープン目前でコロナ禍に入りました。70%までお店が完成していたにもかかわらず、オープン前に撤退となってしまい、苦渋を味わいました。シェムリアップに関してはアンコールワットへの入場者数が前年比の99%ダウンと物語るよう、観光業はもう出口の見えないトンネルの中のような気もします。プノンペンに関しましても、旅行客、出張者もほぼ居ないので、今までに無い発想で、我々のマーケットの修正、発信方法の多様化など、サバイバルしていくための挑戦が続く毎日です。
そしてこの環境下でもオーダー頂ける在住の皆様、ユニフォームなどをオーダー頂ける企業様など、関わる人々への感謝が募る一方です。

最後に、今後の展望を教えてください

今後、観光客が戻ってきた時にはもう1度シェムリアップに店舗を構えたいです。ただ、今回観光都市にお店を持つということの怖さも知ってしまったので、それなりの覚悟は必要だなと思ってます。そしてこれからはオンライン販売にも力を入れていきたいです。最近ではinstagramやfacebookからの問い合わせが増えていたり、フランス系のお店からの問い合わせも来ているので、オンラインサービスもどんどん活用していきたいと考えています。

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