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元田 土茂さん

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   元田 土茂さん  

 

【プロフィール】

 

元田 土茂(もとだとも)さん

大阪出身。学生の頃のアルバイト時代から飲食経験を培い、日本・オーストラリアでシェフとして長年活躍。オーストラリアで運営していたラーメン店では「ベストラーメンオブゴールドコースト」に選出。現在はカンボジア・バッタンバン初の日系ラーメン店『Rice Holic』を経営。  

目次

飲食業界との出会い

学生時代はどんな学生生活を過ごされたんですか?

大学2年生でイギリスに語学研修に行った時に寮生活をして、いろんな国の方と交流することができたんです。そういった時に自分の国のことを話す機会があって、他の国の方々は自国に誇りを持ってポジティブなことを言うんですが、日本人の方は結構ネガティブなことを言っていることも多くて。その時によくよく考えてみたら、自分自身も日本のことをよく知らないでいることに気づきました。そこで、当時は日本文化専攻だったこともあり、日本語教師という道を考え始めました。

その後、飲食業界に入られるきっかけがあったんですか?

日本語教師を考えていたこともあり、イギリスに行った翌年に、オーストラリアにまた語学研修に行きました。そこで、ある日本人と出会ったんです。その方達はパーマカルチャー(※パーマネント(永続性)、農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)を組み合わせた造語)とマクロビオティック(※自然の流れや秩序に沿って生きることで、健全で平和的に過ごすことができるという考え方)をやられている方だったんです。次第にその方達のところに入り浸るようになっていき、大学卒業後そのままそこに就職しようとも考え始めました。もともと料理が好きで、学生時代から飲食店でアルバイトをしていたことや、マクロバイオティクはもともと日本の古来の食事がベースになっているということもあり、当時でいうLOHAS(※ Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字をとった略語で、健康と環境、持続可能な社会生活を心がける生活スタイル)の分野で飲食に携わる仕事をしていきたいと思うようになりました。

   

では大学卒業後にオーストラリアに行かれたんですか?

すぐにでも行こうと考えてはいたんですが、日本での経験をしてから現地に行った方がいい気もして、日本でマクロビオティックの学校に通いながらオーガニックレストランで働き出しました。 その後、愛知万博が開催されるタイミングで、NPO団体主催で出店していたサスティナブルレストランのメインシェフをさせてもらったんです。ただ、万博だったこともあり半年で潰さないといけなくて、その時に、やはり自分はビジネスとしてこういったものを続けていきたいという思いが強くなり、単身でオーストラリアにいく決意をしました。

日本食文化を世界に

現在のお店につながる「糀」との出会いはいつだったんですか?

オーストラリアに引っ越してからです。当初、マクロビオティックの分野でビジネスしたいという思いはありましたが、やはりオーストラリアではそれだけでは武器として弱く、悩んでいました。ちょうどその頃に出会ったオーナーさんが、日本の発酵食品、味噌や醤油に興味を持っていて、当時日本にいた彼女(現在の妻)が代わりに大阪で勉強してくれることになったんです。 そこでたまたま訪れたのが300年以上続く歴史ある糀屋さんで。経緯を話したら、翌年にわざわざオーストラリアまで来て、糀について教えてくださったんです。そこから私自身も糀の面白さに気づいてハマってしまって、糀をメインに使った料理(「糀フードクリエイター」と勝手に呼んでいるんですが)を進めていこうと決心しました。

実際にオーストラリアではどんな取り組みを行ったんですか?

当時のオーストラリアはラーメンブームでした。ただ、当時は豚骨ベースが主流で化学調味料がたくさん入ったものばかりだったんです。そこで、私のイメージでは、オーストラリア人は北海道のニセコにスノーボードに行っている印象があったので、「北海道に行ってるなら味噌ラーメンも食べてるはず」と思い、そこに着目して味噌ラーメンやあっさり系の醤油ラーメンをやり始めたんです。そのお店は、お陰様で最初の1年で「ベストラーメンオブゴールドコースト」に選ばれるまでになりました。 そこから日本に戻るか迷っていた時に、以前働いていたレストランから声がかかりまして、毎週火曜日にゲストキッチンとしてやることになったんです。それがヒットして、開店から4時間で100食売り切れるほどになりまして。このオーストラリア滞在中に、一応爪痕を残せたかな、と思いました。

カンボジアにはどういった経緯で訪れたんですか?

なんやかんやで7年ほどオーストラリアにいたので、この機会に次の拠点を探そうとなりました。当時は知り合いの方も増えてベトナムやフィリピンの方でも「ラーメンをやろう」という声はあったんですが、個人的にはラーメンより糀をメインにやりたい気持ちが強かったので、即決することはせずアジア周辺の国を回ってから日本に帰ることにしたんです。当時カンボジアはノーマークで、「アンコールワットを見れればいいか」くらいの軽い気持ちでした。ただ、滞在中に時間に余裕があったので、お米で有名だったバッタンバンに訪れてみたんです。そのタイミングで直感で可能性を感じて、バッタンバンに来て3日目で、そのまま今のお店の物件を契約しました。

カンボジア・バッタンバンとの出会い

バッタンバンで活動する決め手はあったんですか?

  バッタンバンがお米の生産で有名だったことが大きいです。カンボジアのお米の多くは、原料としてタイやベトナムに輸出され、そこで加工されてタイ産・ベトナム産として売られています。そうするとカンボジアの農家さんには全然利益がでないんです。だったら、国内でなにか付加価値をつけられれば、カンボジアの農家さんも、カンボジア経済も潤うんじゃないか、と考えました。あともう一つ理由があって、日本で出回る糀製品ってまがい物も多く、本来の糀を知らない人も多いんです。そこで、カンボジアでは原料は全て整うし、日本食文化の原点となる「糀」を使って啓蒙活動をしていく中で、日本人の方々にも自国の食文化について再認識してもらいたい、という想いがありました。

日本に対しても常に視点を向けられているのはどうしてですか?

糀を知るきっかけをくださった糀屋さんを始め、歴史ある方々に対してのリスペクトが常にありますね。そういった方々が、新しいフィールドでも日本の文化・かたちを守っていけるような活動をしたいと考えています。日本は歴史もあり知識もあり、技術も高いんですが、環境が難しいところがあるため、文化をしっかりと残しつつ、環境が整ったところに進出していくことで本来の歴史あるかたちを守れるんではないかと感じています。

Rice Holicの客層はどういった方が多いですか?

バッタンバンはヨーロッパの旅行客がゆったりとリゾート地として遊びに来ることが多いです。ヨーロッパの方はベジタリアン志向の方も多く、私たちのお店はそういったことに対応しやすいこともあり、4割がヨーロッパのお客様です。また、4割が日本からのお客様、残りの2割がカンボジア人で、特に、プノンペンから来られた日本人や、日本食を食べ慣れているカンボジア人の方が多いですね。

お店を立ち上げてから大変なことはありましたか?

いっぱいありますよ!(笑) 出店前は現地の内装業者に騙されたりしたこともありました。出店してからはやっぱりスタッフの教育面ですね。当時は私もカンボジアにまだ慣れておらず、日本式のやり方で進めていたこともあり、1人を除いてみんな辞めてしまって。ただ、今ではその子が糀からスープの仕込みまで全てできるようになって、カンボジア人だけでお店を任せられるまでになりました。あとは、現在のコロナ禍がやはり苦しいですね。旅行客が減り、バッタンバンのカンボジア人は外食文化がないため、ここでお店を続けるのは厳しくなってきているのが現状です。    

メニューの中で特にこだわっていることは何ですか?

カンボジア人の方にも来てもらいたいという想いと、糀の良さ・バッタンバンの良さを知ってもらいたいという想いが強いです。なので、現地の硬いお肉を糀で柔らかくすることで、現地の方にもお肉の柔らかさの違いが一目瞭然でわかるようにしたり、カンボジア名物のカシューナッツを活用して興味を持ってもらえるように工夫しています。カシューナッツでコクを出した豚骨スープや、カシューナッツで作った味噌を使ったラーメンなどもあります。    

カンボジアでの生活

バッタンバンの好きなところはどんな点ですか?

住みやすさの面では贅沢を言ったらキリがないですけど、空気や雰囲気など、ゆったりと住めるところはバッタンバンのいいところだと感じています。あとは、特定の場所どうこうというよりかは、自分の周りにいてくれる人たちだったり、働いてくれているスタッフたちとの人間関係が好きだなと思います。

反対に、実際に住んでみて不便に感じた点はありますか?

バッタンバンで息子が生まれたんですが、子供が病気にかかった時にみてもらう病院が近くになかなかないことで苦労しましたね。息子が生まれて2日目でシェムリアップの病院まで行ったこともありました。

カンボジアに対する印象は変わりましたか?

カンボジアに対する印象はやはり援助慣れをしているという点です。次のステップとして、やってもらうのが当たり前という環境を脱するために、「自立」を目指していくことが大切だと思いました。私はビジネスという形でカンボジアに取り組むことで、経済的に裕福ではないとしても、学歴や親のコネではなく、自分で考え、自分のスキルで挑戦できるようなチャンスの場を提供できるように意識しています。

今後の展望

最後に、元田さんの今後の展望を教えてください。

やりたいことはいろいろあるんですが、一番に思うのはカンボジアで糀のフードバリューチェーンのようなものを構築して、ヨーロッパなどにも販売していきたいと考えています。カンボジアに追いつけ追い越せで、大量生産ではなく、クオリティの高い製品を高価格で販売していくべきだと思います。 そして日本の斜陽産業といわれている、昔ながらの産業の方達にとっての新しい環境を作るお手伝いができたらいいなと思っています。 もう一つは、カンボジアをアジア有数のオーガニック大国にするために、パーマカルチャーなどの新しい文化をどんどん取り入れていきたいなと考えています。「農業・音楽・アート」を組み合わせた新たな観光産業をカンボジアでも生み出したいと思ったりもしています。